おる友人の話・

昨年、惜しまれて亡くなられた、落語界の異端児立川談志の「粗忽長屋」を見ていて、急にある友人の事を思い出した。もう、40年も前になるが、私は四日市のある企業に勤めていた。その職場で共にした一歳年下の同僚A君のことだ。彼は、事情で1年半ばかりで退職したが、その間の短い付き合いだった。私と彼は、妙に気があつて休みの時などよく行動を共にしていた。この落語の主人公、大工の八兵衛(八公)の様に粗忽な一面もあったが、云うならば「ひょうげ者」だった。仕事に於いては失敗も多く同僚に迷惑がられてはいたが、誰も彼を中傷したり、避けるものはいなかった。ある時、彼に誘われ鈴鹿の住まいを訪ねた時の話である。まだ、私と同様ひとり者だった彼は母親との二人り暮らし、相当の裕福な家と見えて大きな屋敷に大きな家で随分驚いた。母親は小柄な品を感じさせる人で、何でこんな息子がと思ったものだ。応接間に通されてお茶を頂きながら談笑していると、猫がどこからともなくやってきた。彼は、その飼い猫を抱いて、「いぬ〜、いぬ〜」と言って頭を撫でている。不思議な顔をしている私の向かって、猫の名前だと云って笑っている。彼の家では、猫に「いぬ」と名付け、犬に「ねこ」と名付けているという。現に表につながれている犬に向かって「ねこ〜、ねこ〜」と彼が叫んだら、飼い犬が喜んで尻尾を振っていた。帰り際に、彼の腕には飼い猫の「いぬ」が、後ろには、つながれた飼い犬の柴犬「ねこ」が母親と共に見送ってくれた。
それから、暫くして、彼は退社しその後2,3年は年賀状のやり取りはあったが、彼への賀状が「宛先不明」で戻ってきたと同時に彼からの賀状の来なくなった。数年して、近くに仕事で行く機会があったので、立ち寄ってみたが表札は別の名前が掛っていた。転居先を聞こうと思ったが、いやな予感がして聞くのを止めた。あれから、40年、どこかで、例の愛嬌を振りまいて、元気に歳を重ねているものと信じている。