マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

演じた役は存命の有名人だ。やりにくさのほどを、きのうの記者会見でメリル・ストリープさん(62)に聞いた。「それだけ責任は重く、学ぶことの多い映画でした」。近日公開の「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」で再度のアカデミー主演女優賞を手にした。(前作は、1982年公開の「ソフィーの選択」)米国きっての演技派は、英国初の女性首相になりきった。元首相のスピーチを音楽の様に聴き続け、声色や抑揚を身体に染み込ませたという。地声より低いイギリス英語を自在に操り、装いも似せた。作品は、「鉄の女」を生身の妻や母親として描き、その苦悩に寄り添う。ご本人が見たら顔を伏せそうな場面もある。もっとも、86歳の元首相は認知症を患い、米女優の好演に感想をもらす事はない。国民に愛され、同じぐらい憎まれた人だった。強い国家と小さな政府を掲げるサッチャリズムは功罪相半ば、英国病と呼ばれる衰退は止めたが、溝を深めた社会は荒れた。在任は冷戦が終わる激動期に重なる。米国にはレーガンソ連ゴルバチョフ、フランスのミッテランやドイツのコールもいた。サッチャー氏は彼らと、世界の歯車を回した。その存在感は、10年を超す地位のたまものである。永田町での試写会には、議員や秘書ら120人が集まったそうだ。1年交代ではこうはいかぬ、皆が思った事だろう。映画化できる政治家は久しく出ていない。国難に挑む野田首相への助言を会見で請われた女優は、「演技のアドバイスなら」と柔らかくほほえんだ。