2月3日 朝日新聞「天声人語」より


白鳳が勝ち続けていた昨秋、玉ノ井親方(元大関栃東)が日経新聞に寄せたコメントがよかった。「朝青竜は強引な相撲で時に事故のような負け方をしたが、白鳳は「交通ルール」をきちんと守って勝っている」といった解説だった。幕内で朝青竜に10勝、白鳳にも5勝した実力者ならではの、巧みな例えにうなったものだ。真剣勝負だからこそ「事故」も起きれば、「ルール」の理も意味を持つ。そう信じて、ファンは一喜一憂してきた。すべての声援や解説をあざ笑う愚である。野球賭博で押収された力士の携帯電話に、八百長を思わせるメールが残っていた。星の貸し借りや売買のほか、取り口の打ち合わせまでしていたらしい。八百長については元力士が証言し、週刊誌が何度も書いてきた。日本相撲協会はそのつど否定し、裁判で多額の賠償を認めさせている。昨今の会見でも、放駒理事長が「過去になかった事」と不自然に強調したが、関取多数が手を染めたとなれば常態化が疑われる。本職をサボる八百長は、賭博や酒のトラブル以上に罪深い。素行不良にとどまらず、慢性の重病が明るみに出たようなものだ。それも、勝負事の命にかかわる病である。悲しく脱力し、熱戦のあれこれを心でスロー再生しているファンも多かろう。真剣勝負とは別の「ルール」が存在したのでは、どんなスポーツも成り立たない。「勝つ」以外の意志が土俵に紛れ込んだ時、プロスポーツとしての大相撲は死ぬ。大多数の力士が、おびえではなく怒りに震えていると思いたい。